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無言館  - 徴兵制がもたらしたもの-

徴兵制 戦争 無言館

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⑴人類史上最大の不公平

原爆が投下された1945年、信じられないことが日本では起こっていた。敗戦が濃厚であるにもかかわらず徴兵制が最高潮に達していたのだ。この年だけで17歳から45歳までの人口の実に4割が戦場にかりだされた。この年の徴集兵の死亡率は9割を超えた。名家出身だろうと高学歴だろうと金持ちだろうと関係なく根こそぎ徴兵された。世間の注目を浴びやすい超上流階級である皇族、華族、大財閥の子弟は格好の徴兵対象となった。しかし庶民の徴兵逃れにも拍車がかかった。『地獄の沙汰も金次第』、『正直ものが馬鹿を見る』といった言葉が世間を駆けめぐった。地元の有力者は、兵事係に圧力をかけて徴兵原簿の作成や招集令状の発行に手心を加えさせた。徴兵された場合は、軍の人事係にコネや賄賂を使い野戦に出さないようにした。徴兵関連書類は全国の兵時係の手により、降伏翌日の8月16日に全て焼却処分された。かくして、徴兵の闇は、庶民に知られぬまま葬り去られた。あれほど徹底して行われた徴兵の資料が、敗戦の翌日にはすべて灰になってしまったのである。彼らがそこまでして消し去りたかった徴兵とはなんだったのか....。職業軍人(志願兵)が、自らの命を危険にさらすことなく戦争を引き起こし、彼らが招集した庶民である徴集兵が、その戦争に命をかける。この構図が、ついに人類最悪の不公平を生み出した。

 

無言館

降伏翌日に徴兵資料がすべて焼却されたのはなぜか。これを知りたければ、無言館を訪れると良い。そこには徴集兵の魂の叫びがある。彼らとその家族が味わった無念がある。資料が焼き払われても彼らの叫びを消すことはできない。敗戦が近ずくと召集令状を受け取ることは即、死を意味した。執行部は、徴兵が常軌を逸した殺人行為であることを認識していたに違いない。だから書類の焼却を急いだのだ。彼らにとって徴兵は徴兵原簿に基づく書類上の行為であった。書類がなければ徴兵そのものを問えなくなる。書類さえなければ徴兵について罪に問われることはない。司令部も兵事係もそう考えたに違いない。自己保身のために行ったこの行為により、多くの徴集兵の行方がわからなくなった。現在、太平洋戦争の戦没者が230万人くらいと考えられているが、根拠とするデータが乏しい。彼らの死因分析も不完全である。恐らく「広義の餓死」が7割を超えると考えられている。これに比べて、米国の手厚さは語るまでもない。戦後、米軍の調査団は各戦地を訪れ、戦死兵一人一人の墓を掘り返した。一兵士に対するまで、その死をないがしろにしない。米国は、そうすることによって国家の責任を取ろうとしている。

 

⑶狂気のサイクル

残念ながら原爆の投下から70年たった現在、日本人のmentalityはあの頃と全く変わっていない。日本人は自らの狂気を自らの力で止めることができない。徴兵資料の全国一斉焼却が示すとおり、その狂気を認識する力も反省する力もない。太平洋戦争では最後までその狂気を自分で止められなかった。米国が核の力でこれを止めた。逆に言えば核のみが止められるような巨大な狂気が日本人の心に内在しているとも言える   -http://bit.ly/2c0N8ph .  この狂気を最初に認識したのは日本ではなく米国であった。米国は現憲法を制定することによってこの狂気を封じ込めた。だから現憲法を改正してはならない。憲法を改正して自国を守ろうとすれば職業軍人(志願兵)が暴走し70年前の狂気のサイクルが回りだす。「強制による統制のメカニズム」が再び動き出す。

 

⑷日本人は軍隊を持ってはならない。

憲法改正後に予想される展開は明らかである。ハイテク志願兵である職業軍人の地位と能力は際限なく高められ、やがて特殊能力集団としての権力を獲得する。彼らは政治権力に接近し、防衛戦争を遂行する権利を行使できるようになる。彼らは、自らの命を犠牲にすることなく、ハイテクであるがために、外敵の挑発にのりやすく、容易に、日本を不要な戦争に巻き込んで行く。対空及び海上防衛が一旦破綻すれば、本国への侵攻に対抗するための地上戦が始まる。それに勝つには、少数の特殊部隊ではだめで、大量の国民を動員する武装抵抗が必要になる。だから徴兵制が復活する。結局最後まで「命を犠牲にすることのないハイテク志願兵(職業軍人)」と「肉の盾として使われる徴集兵」の格差は埋まらない。志願兵を軍部、徴集兵を庶民におきかえればこの展開はまさに日本が太平洋戦争によって得た原体験そのものである。戦争を引き起こした軍上層部は立派に戦争を生き残り庶民はその戦争に命を賭ける。これが戦争の定義だ。

 

 ⑸日本の安全保障に対する提言

それでは現憲法によって日本の安全は担保されうるのだろうか。答えはyesだ。日本がASEAN諸国全体の安全保障のために米国と協力する強い意志があることを示すことだ。これはすなわち米国と中ソ間の核抑止バランスの中でASEANの安全を考えるということだ -  http://bit.ly/2cwvwUY .  原爆体験国である日本に残された道はこれしかない。自衛隊は創設以来憲法9条の下でずっと日の目を見ない扱いだった。よく我慢してここまでやってきたと思う。 でも、これからもあえて日の目を見ない存在に甘んじてもらいたい。 日本の安全保障に軍隊は必要ない。日本人は軍隊を持ってはならない。日本は憲法を変えてはならない。日本の安全保障をハイテク志願兵に丸投げしてはならない。職業軍人が有事を引き起こし、庶民(徴集兵)が前線に送らる。このパターンを繰り返してはならない。狂気のサイクルに再び火をつけてはならない。

 

⑹「だから日本は軍隊を持っちゃいかんのです!」

 

半藤一利東京裁判を回顧して最後にこう叫んだ。私が無言館に行った時、あまりに圧倒され終始ことばがでなかった。結局何と言って自分の気持ちを吐き出したらいいのか一瞬わからなくなってしまったのだ。だが何かを彼らのために必死で叫びたかった。だが言葉が出て来ない。涙が溢れてきた。そんな自分の代わりに彼がすでに叫んでくれていた。"東京裁判を読む"で語っていた彼の言葉だ - http://pkotoba.hatenablog.com/entry/2016/05/08/210121