トランプの挑戦

トランプはオバマケアを撤廃する代替案を議会に通すことができなかった。代替案が説得力のある具体性に欠けていたためと思われる。彼のやり方の特徴は結果を気にせず肩肘張らずに愚直なまでに公約を実行しようとするところだ。彼は、政治を結果で評価すべきではないと考えており、論理の通った公約であればそれを実現するために誠実に努力することこそが評価されるべきだと考えているようである。これが米国民に受けた。彼を能力のない無責任な政治家だと批判するのはたやすい。しかし政治は経済現象とは違い生身の人間の作りだす作品であり理性と現実の戦いの中で生まれた妥協の産物だ。我々はその妥協が生む矛盾を知りすぎるほど知っている。国民は政治が無力であることを誰よりもわかっているのだ。重要なのはそれでも尚我々は理想を愚直に追い求める生き物だと言うことだ。希望を捨ててはならないのだ。全く新しいタイプのポピュリストが出現した。彼の挑戦は今始まったばかりだ。

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メレルは確実に進化している- ジャングルモックと1six8

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メレルを履くと、とにかく「早く」歩ける。転がり抵抗が低いからだ。タイヤと同じで転がりが良くなるとグリップ力が落ちる。だからスリップもしやすくなる。それは仕方がない。ジャングルモックも早く歩けるが重たい。柔らかい靴底とあいまってこの重さはメレル独特の心地よい安定感をもたらす。しかし長時間歩くと足先が振られ足首に余計な負担がかかるのが分かる。足首が安定しないのだ。ところが、1six8はとにかく軽い。そしてヒールが常に安定していてどんなに歩いても足首が疲れない。アッパーを薄く柔らかくすることによってメレルモック特有の締め付け感もない。にもかかわらず、足首やヒールの安定性は逆に向上している。足底へのソフトな感覚と足首のホールド感が見事に両立しているのだ。その原因はその驚異的な軽さにある。そこに従来の転がり抵抗の低さが加わって快適な事この上ない。この快適感は長く歩けば歩くほど増す。この軽さと安定感を味わうには靴ひもタイプではなくやはりモックだ。従来の常識としてヒールのホールド性を高めるにはかかと部分の壁を固くしなければならないという先入観が我々にあった。また安定性を高めるには靴底は固くなくてはならないという既成概念もあった。ところがこの靴はアッパーは軽くてへなへなで靴底も限りなく柔らかい。それにもかかわらず安定感はむしろ向上している。メレルの中で長時間の軽装山道歩きには一番向いているモデルではないか。有名ブランドは得てして粗利益率を高めるためだけのモデルチェンジを繰り返し売り上げを伸ばそうとする。しかし今回のメレルはそれには当てはまらない。見事というしかない。

ハート・ロッカー

ハート・ロッカーは爆弾処理のプロでならした帰還兵が戦地に再び戻る物語である。一旦帰国した彼がどのような経緯で戦地に戻る気になったのか。彼の帰国から戦地への再出発までの様子が淡々と描かれる。この映画のクライマックスは最後のシーンにやって来る。彼がいよいよ戦地に再突入しようとした時はじめて仲間が戦地に帰って来た理由を尋ねる。彼は迷惑がる様子もなく苦笑いを浮かべながら黙って前を見ている。答えは彼の口から出て来ない。というより答えることを敢えて拒否しているように見える。気まずい沈黙が流れるが、やがて戦車の外で爆撃音や銃声音が飛び交い始める。それでも尚彼の答えを待つかのように兵士たちは沈黙する。前方を警戒する何も言わない彼の横顔を写し続けたまま映画は終わる。郷里の巨大なスーパーストア。レジに並ぶ買い物客の群れ。棚に積まれた大量の商品の山。死んだ戦友。死んだ戦地の親や子供。彼の脳裏に飛来する記憶は確かで鮮明だ。その意味も理解している。しかし彼は誰も非難しようとしない。そして、戦争を語ることをやめたように思われる。「戦争」と「戦争を語らないことを選んだ兵士」。作者の意図した構図の意味がこのラストシーンに至ってついに結実する。天才スピールバークさえ見落とした戦争の爪痕がこの映画において見えてくる。

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米国と日本の格差問題の相違点

累進課税による富の強制配分はやりつくした。それでも続く日本の貧困は米国よりも根が深く手ごわい。

以下の表に示すように⑴中間富裕層の割合上昇や⑵相対的貧困率や⑶絶対貧困率といったデータを見ると日本と米国とにその内容に大きな差はない。

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つまり、突出した富豪がいないという点を除けば、日本と米国の格差拡大はかなり似たような状況にあると考えてよく、少なくとも欧州と比較すれば、日本と米国は超格差社会といえる。問題はこうした格差をどのようにして是正するのかという点だが、米国は比較的簡単に解決できる。米国の格差は富裕層への優遇から来ている面が強く、政治的に決断さえできれば、富裕層から低所得層への所得移転は実現可能だ。これに対しては日本はまったくの正反対である。よく知られているように、日本は累進課税制度を導入しており、すでに富裕層から多額の税金を徴収している。日本では中間層以下は実質的に所得税が無税の状態にあるといってよい。一方、年収が1000万円を超える人は全体のわずか約4%だが、その人達が支払う所得税は全体の50%近くを占めている。つまり、全体の4%に過ぎない高額所得者が、全体の半分の税金を支払っている計算となる。つまり富裕層から低所得層への所得移転はすでに日本では完了しているのである。にもかかわらず米国と同じ貧困問題を抱えているという事実は重い。

http://news.kyokasho.biz/archives/28784

つまり累進課税による富裕層からの所得強制配分という日本独特の社会主義のルールが通用しなくなったと言える。

解決策はあるか? 答えはyesである。

⑴庶民の所得から直接金を抜き取ることをやめて「間接税」を「改革」する。同時に⑵「公務員改革」で人件費削減を徹底的にやる。同時に官僚改革をやって社会政治構造自体を変える。これらをアレシナの歳出削減と歳入拡大のナナサンルール"でやれば必ず成功する。 → http://pkotoba.hatenablog.com/entry/2016/08/05/121457

無言館 ー 大戦と徴兵制が語るもの

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長野県上田市無言館に行ってきた。

言葉が出なかった。

 ⑴人類史上最大の不公平

原爆が投下された1945年、信じられないことが日本では起こっていた。敗戦が濃厚であるにもかかわらず徴兵制が最高潮に達していたのだ。この年だけで17歳から45歳までの人口の実に4割が戦場にかりだされた。この年の徴集兵の死亡率は9割を超えた。名家出身だろうと高学歴だろうと金持ちだろうと関係なく根こそぎ徴兵された。世間の注目を浴びやすい超上流階級である皇族、華族、大財閥の子弟は格好の徴兵対象となった。しかし庶民の徴兵逃れにも拍車がかかった。『地獄の沙汰も金次第』、『正直ものが馬鹿を見る』といった言葉が世間を駆けめぐった。地元の有力者は、兵事係に圧力をかけて徴兵原簿の作成や招集令状の発行に手心を加えさせた。徴兵された場合は、軍の人事係にコネや賄賂を使い野戦に出さないようにした。徴兵関連書類は全国の兵時係の手により、降伏翌日の8月16日に全て焼却処分された。かくして、徴兵の闇は、庶民に知られぬまま葬り去られた。あれほど徹底して行われた徴兵の資料が、敗戦の翌日にはすべて灰になってしまったのである。彼らがそこまでして消し去りたかった徴兵とはなんだったのか....。職業軍人(志願兵)が、自らの命を危険にさらすことなく戦争を引き起こし、彼らが招集した庶民である徴集兵が、その戦争に命をかける。この構図が、ついに人類最悪の不公平を生み出した。

無言館

降伏翌日に徴兵資料がすべて焼却されたのはなぜか。これを知りたければ、無言館を訪れると良い。そこには徴集兵の魂の叫びがある。彼らとその家族が味わった無念がある。資料が焼き払われても彼らの叫びを消すことはできない。敗戦が近ずくと召集令状を受け取ることは即、死を意味した。執行部は、徴兵が常軌を逸した殺人行為であることを認識していたに違いない。だから書類の焼却を急いだのだ。彼らにとって徴兵は徴兵原簿に基づく書類上の行為であった。書類がなければ徴兵そのものを問えなくなる。書類さえなければ徴兵について罪に問われることはない。司令部も兵事係もそう考えたに違いない。自己保身のために行ったこの行為により、多くの徴集兵の行方がわからなくなった。現在、太平洋戦争の戦没者が230万人くらいと考えられているが、根拠とするデータが乏しい。彼らの死因分析も不完全である。恐らく「広義の餓死」が7割を超えると考えられている。これに比べて、米国の手厚さは語るまでもない。戦後、米軍の調査団は各戦地を訪れ、戦死兵一人一人の墓を掘り返した。一兵士に対するまで、その死をないがしろにしない。米国は、そうすることによって国家の責任を取ろうとしている。

⑶狂気のサイクル

残念ながら原爆の投下から70年たった現在、日本人のmentalityはあの頃と全く変わっていない。日本人は自らの狂気を自らの力で止めることができない。徴兵資料の全国一斉焼却が示すとおり、その狂気を認識する力も反省する力もない。太平洋戦争では最後までその狂気を自分で止められなかった。日本は本土決戦を決意し米国が核の力でこれを止めた逆に言えば核のみが止められるような巨大な狂気が日本人の心に内在しているとも言える - http://bit.ly/2c0N8ph .  この狂気を最初に認識したのは日本ではなく米国であった。米国は現憲法を制定することによってこの狂気を封じ込めた。だから現憲法を改正してはならない。憲法を改正して自国を守ろうとすれば職業軍人(志願兵)が暴走し70年前の狂気のサイクルが回りだす。「強制による統制のメカニズム」が再び動き出す。

 

⑷「だから日本は軍隊を持ってちゃいかんのです!」

東京裁判を振り返って半藤一利が最後に叫んだ言葉です。↓

http://pkotoba.hatenablog.com/entry/2016/05/08/210121

 

無言館  - 徴兵制がもたらしたもの- - pkotobaの日記

 

格差拡大の原因はQE(量的金融緩和)。ダボス会議もついに認める。

 

リフレ派は「大規模な金融緩和(QE)でインフレにすれば失業率は下がり不況から脱せる」と主張してきた。ところが、QEを繰り返しても一向にインフレにならない。実体経済全体も一向に上向かない。それをよそに、大企業は円安で儲け、預金以外の資産を持つ富裕層は、株と土地の急騰で儲けた。 リフレ派理論は、ノーベル賞受賞者を生み、雇用の改善(失業率の低下)を唄った左派的な魅力的仮説だった。黒田バズーカという大規模緩和実験でこの仮説は検証された。そして見事に否定された。 この実験がもたらしたものは悲惨だった。インフレ誘導に失敗しただけではない。円安で大企業がより肥大化し、資産バブルで富裕層人口が異常な勢いで急増してしまったのだ。緊縮政策でやっと縮小した経済格差が再び異常拡大し始めた。

雇用の改善は金融緩和とは無関係 - pkotobaの日記

 

ダボス不況の原因は格差拡大と認める。/ガーディアン/goo.gl/MQFs0O

書類は猿でも書けます。官僚なんて何も考えていません。

官僚なんて何にも考えていません。何も考えなくていいのです。馬鹿げた法案を時間をかけて作って条例化すれば予算がもらえれます。そうすると新たな天下りポストが出来上がるわけです。それが仲間に評価され出世につながります。次に、法案を実行するための新たな法案を作ります。ポストがまた増えます。際限がありません。彼らの仕事は一見難しくて忙しそうに見えますが、要はそういう書類を作っているだけなのです。だからそういう書類を作ることだけは得意です。彼らにとって法案の中身などどうでもいいのです。一見新規性があるようで実は具にもつかない法案をでっち上げて予算を取ればいいのです。運良く予算がつけばしめたものです。ポストが増えれば仲間に評価され出世の糸口をつかめます。めでたしめでたし。そんなはったり仕事が評価される世界なのです。つまり官庁界は法案バブルとポストバブルでわき返った金余り地帯、決して弾けることのないバブル地帯です。そんなノリで仕事している人ってけっこういませんか? そんな人あなたの周りにもいっぱいいませんか。公務員改革をしましょう‼️